協力隊インタビュー
| INTERVIEW |
アクティビティーツーリズム分野協力隊
植田豊デンゼルさん
好きなことを、好きな場所で

「好きなことを仕事にできるチャンスなんて、もう二度と来ないと思ったんです」。
柔らかな笑顔でそう話すのは、2025年4月に陸前高田市の地域おこし協力隊として着任したTHE BLUE SUPの植田豊デンゼル(うえだゆたかデンゼル)さん。
彼の挑戦は、単なる転職や移住ではありません。
SUP(スタンドアップパドルボード)というアクティビティを通して、海と人、そしてまちを繋ぎ直すという、地域と自分の両方に深く向き合う日々の始まりでした。
教員からの転身。
「好き」を信じたキャリアの選択
植田さんの出身は岩手県奥州市。かつては家族とともに、陸前高田の海水浴場を何度も訪れた思い出があるといいます。
「母が陸前高田市に住んでいたこともあり、小さい 頃からこのまちはすごく身近でした。震災前は、夏になるとよく海に遊びに来ていたんです」。
その後、大学進学で関東へ。旅行代理店勤務を経て、思い切って青森の高校で英語教師へと転身します。安定した生活の中で、彼が次第に見つめ直すようになったのは、自分の本当にやりたいことでした。
「教員の仕事はとても魅力的で、毎日が違う環境で刺激もありましたし、やりがいも大きかったです。
ただ、自分の好きなことを仕事にしたい思いも同時にあって、挑戦せずにキャリアを終えることに疑問を感じていました。
そんな時に、陸前高田でSUPを中 心とした観光事業に取り組むという話をいただいて、好きなことを仕事にできるチャンスはもうここしかないんだろうなと思ったんです」。

「地域おこし協力隊」の新しいかたち──
導かれるように始まった挑戦
「市として、レジャーやアクティビティの分野を観光戦略に据えていきたいという方針があり、その中でSUPを普及させたいという流れがありました。そこに自分の経験や関心が合致した形です」。
植田さんが配属されたのは、全国的にも珍しいアクティビティーツーリズム分野というもの。海とアクティビティ、そして観光をつなぐ先進的な役割を担っています。

SUPのまち・陸前高田をつくる
現在、植田さんが主に取り組んでいるのはSUPの普及活動です。子ども向けの体験授業や観光イベントでの体験会の開催、さらには「SUPの全国大会の誘致」という壮大なビジョンも掲げています。
「3年以内に全国規模の公認大会を陸前高田で開催したい。それが大きな目標です」。
その裏には、SUPがレジャーとしての側面だけではなく、れっきとした競技でもあるという認知を広めたいという思いがあります。
SUPの歴史は古く、ハワイ発祥のウォータースポーツです。もともとは漁業や移動手段として使われていたもの。
今では競技性も高まり、国内外で大会が行われるほどの発展を見せています。
中には20km以上を漕ぎ続ける長距離レースもあり、まさに「水上のマラソン」とも言える過酷さです。
「たとえば一本松をシンボルにしたコース設定や、外洋を使ったルートでの開催など、地域資源を活かしたレースができれば、注目されるのではと思っています」。

海への“怖さ”にどう寄り添うか──
震災と向き合いながら
「やっぱり、震災を経験したこの地域では、海に対する苦手意識や恐怖心を持っている方も多いと思います。
だからこそ、無理に“海に来て”とは言いたくない。
海と共に生きてきた地域だからこそ、SUPが自然に地域の暮らしに溶け込めたらいいなと思っています」。
2011年の東日本大震災で甚大な津波被害を受けた陸前高田市。
その記憶は、今も地域の人々の中に深く根付いています。そのため、この事業は単なる観光誘致で終わらせてはいけません。
これから、小学校での出前授業や地域のクラブチーム設立を計画しているそうで、陸前高田市民の日常の中にSUPが根付くような工夫を重ねていくことを目標にされています。

「SUP」にはもうひとつの意味がある
──Support Local, Support Ohana
植田さん が掲げているスローガンです。
「SUPを、Stand Up Paddleだけじゃなく、“Sup”portと捉えて。地元(Local)を支え、地域の家族(Ohana)を大切にする、という思いを込めています」。
「Ohana(オハナ)」とは、ハワイ語で“家族”の意味。コミュニティを大切にしていくSUPをやっていきたい。SUPのルーツと地元愛を重ねた言葉には、彼の人柄がにじみ出ています。
「まだ移住して1ヶ月ですが、陸前高田の人たちはすごく柔軟で、新しいことに対してオープンな気風があると感じています。市議会議員の方がふらっと話しに来てくれました。これは、他のまちにはなかなかない魅力ですよね」。

海外からも注目されるまちに──
でも“数”ではなく“質”を
植田さんは、インバウンド誘致にも慎重かつ前向きです。
「外国人観光客をたくさん呼びたい!というようには狙っていません。ただ、いいものはきちんと評価されるべきだし、いいと伝えたい。この地域がもつ魅力を、必要としている人に届くように伝えていきたいです」。
団体客だけでなく、ターゲットに個人にも目を向けている植田さん。大野海岸は、東北を歩いて巡る「みちのく潮風トレイル」の中間地点でもあります。
この海が持つ魅力に、価値を見出すような観光のかたちを目指しています。
地域の一員として、できることを
3年という任期のなかで、彼が目指すのは「まちの一員として受け入れられること」。
SUPの普及、大会の開催、クラブチームの設立など、目に見える成果はもちろん大切ですが、それ以上に“地域の人と同じ目線でまちに関わること”を大切にしています。
「コミュニティの一員として、何かを“してもらう”だけじゃなく、自分も“提供できる”存在になりたい。それが、この場所で生きるってことだと思うんです」。

地域おこし協力隊を考えている人へ
「やりたいことがあるなら、まずは飛び込んでみてください。“なんとかなる”っていう気持ちと、“ちゃんと考えて行動する力”があれば、どこでも暮らしていけます」。
好きなことを、好きな場所で。
その想いにまっすぐ向き合いながら、植田さんの挑戦は、これからも続いていきます。