協力隊インタビュー
| INTERVIEW |
陸 前高田市観光物産協会 菅野睦子さん
やっと、ここで暮らせる。
— 協力隊制度に支えられ、自分の役割を見つけた3年間

期待とワクワクから始まった移住
「やっとここに住めるんだ、という気持ちが一番強かったです。」
そう語るのは、陸前高田市観光物産協会で活動する菅野さん。
地域おこし協力隊としての3年間は、不安よりも期待が先に立つスタートでした。
大学時代の4年間、陸前高田に通い続けてきた菅野さんにとって、この町はすでに身近な存在でした。
「移住に対する不安はほとんどありませんでした。むしろ“やっとここで暮らせる”というワクワクのほうが大きかったです。」
卒業式直後、夜行バスに乗ってバタバタと移住した。
学生インターンの経験があったことで、知っている人や環境がある中で生活を始められたことも、安心材料の一つでした。
視点が変わった3年間
観光情報の発信を担う中で、菅野さんの意識は大きく変わりました。
「やりたい気持ちだけではなく、誰にどう届けるか、どんな効果があったのかを考えるようになりました。」
SNSの反応や閲覧数、来場者数など、数字を通して成果を検証する視点が身につきました。
短期的な反応にとどまらず、地域経済にどうつながるかという長期的な視点を持てるようになったといいます。
さらに自己研鑽を重ね、旅行業に必要な国家資格である「国内旅行業務取扱管理者」の資格にも合格。
「観光は未経験分野でしたが、この協力隊の期間を使って自分の武器を増やせたことは大きかったです。」
任された役割を丁寧に果たす。その積み重ねが、自信へとつながっていきました。

心地よい距離感のある暮らし
陸前高田の魅力について尋ねると、迷わず「人」と答えます。
「気にかけてくれるつながりがあって、すごく居心地がいいんです。でも近すぎるわけでもなくて、その距離感がちょうどいい。」
仕事の関係だけでなく、生け花教室に通い始めるなど、世代を超えた交流も広がりました。
同世代との女子会も日常の一部になっています。
地域の方に誘われてサーフィンにも挑戦しました。
「怖いイメージがあったけど、やってみたら意外と乗れて。やってみるって大事だなと思いました。」
新しいことにも無理なく踏み出せる環境が、この町にはあります。

続けることの大切さ
観光の現場は体力勝負です。
「夏はずっと外にいることも多くて、正直大変でした。」
高田松原海水浴場ではライフセーバーとしても活動し、救助対応のために水上バイクの免許を取得。
海水浴場の安全管理を担いながら、真夏の現場に立ち続けました。
冬には寒さでぎっくり腰を経験し、体調管理の重要性も実感しました。
「忙しい時期は、終わった後の自分へのご褒美(旅行など)を目標に乗り越えてきました。」
と、笑顔で語る菅野さん。
制度が支えた安心感
新卒での移住には不安も伴いますが、協力隊制度がそのハードルを下げました。
住宅補助や車両貸与、資格取得支援などのサポートがあったことで、生活の基盤を整えながら仕事に向き合うことができました。
「この制度がなければ、移住はもっとハードルが高かったと思います。」
経済的な安心があるからこそ、目の前の役割に集中できたといいます。
この町で、これからも
菅野さんは、協力隊を卒業後の4月からも観光物産協会の職員として勤務を続ける予定です。
「情報発信や集客は、続けることが何より大事だと感じています。今の役割を、これからもきちんと果たしていきたいです。」
最後に、これから協力隊を目指す人へ。
「協力隊という制度を利用することで、移住へのハードルをかなり下げた状態で新しい挑戦を考えられるようになります。陸前高田は『0から1を作る』ことに挑戦しやすく、自分の提案が実現しやすい土壌があります。まずはインターンなどを通じて、自分と地域が合うかどうかを体感してみてほしいです。」
自分の持ち場でできることを丁寧に続けていく。
菅野さんの言葉からは、そんな静かな覚悟が伝わってきました。

編集後記
「やっとここで暮らせる」と語った菅野さんの言葉が、とても印象に残っています。自分の役割を丁寧に引き受けながら、仕事も暮らしも大切にバランスよく重ねていく。その姿勢こそが、この町で“続いていく力”なのだと感じました。
菅野さんの3年間は、移住を考える誰かにとって、静かで確かなヒントになるはずです。
(文・地域おこし協力隊サポートチーム)
PROFILE | 菅野睦子さん |
年齢 | 25歳 |
着任年月 | 2023年4月 |
出身地 | 神奈川県横浜市 |
前職 | 学生 |
趣味 | サーフィン、雪板、生け花 |
今の仕事内容 | ・HP「高田旅ナビ」記事作成 ・SNSによる観光情報発信 ・海水浴場総合管理、集客力強化業務など |